シルクアルファ
牡馬、鹿毛、97/04/25生
父:ドクターデヴィアス、母:ウインクルビー、母の父:イルドブルボン
厩舎:池上昌弘(美浦)、生産:ムラカミファーム
日付 開催 レース名 騎手 斤量 距離 タイム 着差 体重 賞金
000826 4中山5 未勝利 16 11 13 後藤浩輝 55 ダ1200 1172 3.2 500 0
000923 5中山5 未勝利 14 後藤浩輝 55 ダ1000 1011 1.1 488 130
001028 4福島1 未勝利 12 11 沢昭典 55 ダ1000 1021 1.6 492 0
001104 4福島3 未勝利 12 沢昭典 55 ダ1000 1002 -0.0 490 510
001119 6東京6 500万下 10 田中勝春 55 ダ1200 1137 1.0 492 75
001203 6中山2 500万下 13 11 ハリソン 55 ダ1200 1127 0.2 490 110
001217 6中山6 500万下 16 12 ハリソン 55 ダ1200 1135 1.8 492 0
010627 船橋 '01ファンタスティックビット特別
B2B3選抜馬中央競馬会所属馬
11 後藤浩輝 56 ダ1700 1510 1.7 490 0
01年7月8日 登録抹消(乗馬)

シルクアルファ号会員各位

 謹啓 平素は格別のご愛顧を賜り厚く御礼申し上げます。
 さて、ご出資のシルクアルファ号(父:ドクターデヴィアス、母:ウインクルビー)は、調教師の判断で引退する事となり、登録を抹消されましたので、ご報告致します。
 同馬は旧3歳時の平成11年5月12日に美浦の池上厩舎に入厩すると、6月25日にはゲート試験にも合格し、順調に仕上げを進めていましたが、デビューを目前に控えた8月に屈腱炎を発症。その為、一旦3歳未抹消の手続きを取り8月22日に北海道の早田牧場へ放牧されました。以後はゆっくり休ませ脚元の回復を待ちましたが年が明けた平成12年の2月から軽めの乗り運動を開始。そして7月13日には再度馬名登録を行って美浦へ入厩しました。脚元の状態は落ち着いていましたが、大事を取って運動した後には必ずマイクロレーザーを当てて脚元のケアを行い、前脚にかかる負担が少ない坂路で仕上げていくと、8月16日には再び受けたゲート試験に合格。そして26日の中山競馬では待望のデビュー戦を迎えました。レースは中団を追走したものの直線では伸びきれず13着に終わりましたが、レース後は変わり無く、中1週での出走を目指しました。しかしその後、歩様にぎこちない面が見られた為、大事を取り予定を1週延ばすと翌週は除外され、9月23日の中山で2戦目を迎えました。レースはスタート良く飛び出し4番手に付けると、直線でも良い脚で最後までしっかり伸び3着に善戦。そして次は10月4日に川崎で行われる交流戦を予定しましたが、月末の調教後に右前脚を気にする素振りを見せ、調教師は「獣医は使っても問題無いと話していたが気になる状態で使ってもしもの事があったら悔いが残る」と話し、出走を回避しました。しかし、楽をさせたのは実質1日だけで緩めず調教を続け、10月28日の福島では3戦目に出走。レースは二完歩目で脚元を滑らせ、中団の外めを追走する形となり8着でしたが、今度は使われた後も変わり無く順調で次は連闘で挑む事が決まりました。そして迎えた11月4日の福島は中団の内でレースを進め、直線を向いたところで上手く外目に持ち出すと、良い伸び脚を繰り出しゴール前ではきっちり前を捕らえ快勝。念願の初勝利を飾りました。その後も順調で、調教師は「次は昇級戦だが状態は前走以上だからどの位やれるか楽しみだ」と話し、19日の東京で出走。レースは好スタートからハナを窺う位の出脚を見せましたが、競り合いを避け中団を追走していくと、上位馬には少し離されたものの直線はジリジリを差を詰めて5着となり、調教師は「クラス慣れしてくれば十分通用すると思う」とコメント。そして続く12月3日の中山では好位の内を追走し、直線でもそのまま最内を突くと、一旦は2番手に上がる勢いで最後まで伸び脚を見せそれほど差の無い4着に善戦しました。しかし、続く17日はスタートが一息で追走に脚を使い12着と振るわず、その後は年明けの中山で出走を目指しましたが腰に疲れが出てきた為、1月13日に天栄ホースパークへ放牧されました。
 放牧先では調教師の指示でササ針を施し良化を図ると、3月10日に美浦へ帰厩しましたが、調整を始めた矢先に馬房で暴れ右前脚を落鉄し、外れた釘を踏んでしまった為、29日に再び天栄へ放牧されました。ただ状態の回復は早く4月上旬からキャンターの調整を再開し5月2日には帰厩。帰厩後は少し脚元が熱っぽい感じだった為、しばらくは無理せず軽めに乗りながら様子を見ましたが、その後、熱も引いて問題無い状態となり下旬には時計も出し始め、月末に調教師は「早ければあと2、3週で使える様になりそうだ。交流戦を使う事も検討してみたい」とコメント。そして以後は毎週坂路で追い切られながら仕上げていき、6月27日の船橋で約半年振りのレースを迎えました。レースは中団の後ろから徐々に差を詰めて行こうとしたところ、前が狭くなってやや後退しましたが、それでも直線では盛り返して6着となり、調教師は「休み明けとしては悪くない走りだったと思うし、スタート後と勝負どころで2度、前が狭くなる不利があったから、あれがなければもう少し差は詰まっていたと思う」とコメント。そして、レース後は次走に向け調整を始めましたが、久々を使われた反動からかやや疲れ気味で調子がもう一つの為、軽めに乗りながら様子を見ていたところ、左前脚がむくんできてしまい、獣医の診察を受けました。すると検査の結果、屈腱炎を再発している事が判明。獣医からは「現状では回復の見通しが立たず、年齢的な事を考えても再起は難しいだろう」と話しがあった為、調教師と協議の結果、誠に残念ながら、このまま引退させる事が決まりました。
 平成13年7月8日に登録が抹消され、引退後については千葉県のオリンピッククラブで乗馬となる予定です。

(後略)

敬具

平成13年7月16日

(有)シルクホースクラブ